こんにちは!孝丸です
【あるSNSから】
それはかかわる大人自身が出来ていなかったことに気付くのにかかった時間だった(笑)
だいたい高飛車な大人の私生活はだらしない。
勉強もしてはいない
「しつけ三原則」
人間としての基本は、内から湧き上がることはない。
幼少の頃に外から受け取るものなんだよ。
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「三原則」とは、
「『はい』と返事をする」
「挨拶をする」
「靴を揃える」
の三つ。
これを、
子どもが「つ」のつく歳までにしつけろよ。
ひとつ、ふたつ、みっつ‥から、やっつ、ここのつの九歳までに、これだけをしっかり教えれば、他のしつけは自然に出来るようになると言う。
わ親に何か言われたら「はい」と素直に返事をし、
朝起きたら必ず「お早うございます」、近所の人に会ったら「こんにちは」と、挨拶をする。
家に入る時は靴をきちんと揃えてから上がるように教える。
至って簡単で当たり前のことのようだが、「当たり前」が難しいのが、今の世の中だよ。
実際に、「つ」のつく歳を過ぎた十代二十代の若者はもちろん、もっと言えば戦後生まれの祖父母を持つ選手の父母でも、
いわゆる今では中年と言われる君たち世代も、そのしつけがきちんと身に付いている者がどれほどいるか。
本来、幼児の頃は親がそばについてちゃんと教えると、子どもは喜んで従う。出来て褒めれば、次もちゃんとやろうと繰り返して習慣になっていく。
小さいうちに野放しにし、勝手放題にさせていて、大きくなってから行儀の悪いのを直そうなどと思っても、今日では無理だ。ましてやその経験のない親が子を産み、その子がまた知らないで野放しにすれば子は自堕落になるしかないだろ。
幼少期のしつけは、身になる。幼少にしつけを身に付けた人間は親になっても癖になっていて、必要な時に自然に行動に現れる。先輩や上司に呼ばれて「はい」と明るく返事しただけで可愛がられる。この躾も吾が身で教えることが出来る。
大切な人を訪問した時、玄関で脱いだ靴をしゃがんで揃えたら、「しつけの行き届いた、しっかりした家庭のお嬢さん」と、みんな思うだろ。しつけだけに、まあその時だけごまかしてやってもその素性はすぐばれる(爆笑)。
最近、知人の職場の求人で耳にした話だ。
国立の大学院を卒業した青年の話で、面接の時からコミュニケーションが上手にとれない感はあったが、中学でのスポーツの部活経歴もあり採用とした。
しかし試用してみると、返事の声も小さく、挨拶もはっきりしない。
靴の脱ぎ方に注意を与えたところ、何故言われたも解らず、不審な顔をした事があったという。
親から全く教えてきてもらっていないんだな。
そのうち慣れてしっかり出来るだろうと思っていたが‥‥。
結局のところ癖や習慣は直らず、挨拶も出来ないという評価に、可愛がられずに孤立してしまったという。
これは「しつける」ことが成人しても大切なことを示す例と言える。
やって当たり前の習慣になるように、
くれぐれも「つ」のつくうちにお母さんが根気よく教える。
あっ、その前に親そのものが朗らかにあいさつできないとな(笑)。
そうやって十代にはしっかり子を自立させるのが、知恵あるお母さんの子育てだよ。
覚えといて。大きくなって「勉強しなさい」というよりも「幼少のしつけ」こそが大切だぞ。
あなたの子供の三つの行為で育ったあなたの家庭が見える。あなたが見えるんだ。
なるほどです
たくさんの子供と接しているとよくわかります
例えばスタジオのトイレのスリッパ
入る時の挨拶
僕がhiyoもですが自分の子供に煩く言ってきたのは食事の時
箸の持ち方、お茶碗の持ち方、頂きます、ご馳走様、テレビを観ながら食べないなど
食事に行っても箸の持ち方だったり、脚を組んで食べたり、肘をついて食べたり、携帯見ながら食べたり
大人でも8割以上の方が何かしらマナーが見苦しいと感じます
食べ物に感謝を持つと言うこと
食材の生命だったり、作ってくれた方への感謝だったり
だから「頂きます」「ご馳走様でした」だと僕は思います
やはりそれらは幼少時のしつけ
当然、親への感謝はないと思います
感謝ができない理由はやはりその辺にあるのではないかなぁと思います