こんにちは!孝丸です
全国高校サッカー選手権大会歴代ベスト4
第59回ベスト4 岡崎城西 愛知代表
これが城西の最高成績
この年に僕は岡崎城西高校2年
同級生でサッカー特待生として入学したのは確か4人
刈谷南中から僕ともう一人の2名
日比野中から2名
当時、刈谷市から刈谷南中と富士松中の選手と名古屋は日比野中、鳴海中、高浜市から高浜中からの選手がメインでした
その中でも刈谷南中と日比野中は県内トップ2
ダントツでした
またその頃は岡崎城西が県内トップクラスの選手をトレード
中京高校は2ランク、3ランク目の選手のトレードでした
愛知高校は中京より上でしたが県立高校のためトレードはあるものの特待生制度はなく0人
愛知高校のほとんどの選手が日比野中
ですから岡崎城西、愛知高校はダントツでしたね
ある日、トレーニングマッチで県予選にも出られない鳴海高校と対戦したことがありました
もちろん城西メンバーは2軍、3軍
結果は2桁勝利
終わってから鳴海高校の監督、選手が全員来て挨拶
今でも覚えてますが鳴海高校の選手がみんな泣いてました
どうして泣いてるかと聞いたところ自分たちみたいな弱小チームが県ナンバーワンの城西と試合をさせてもらえなことに感激して涙が出てきたと
その時に初めてそんな高い位置に自分は居るんだと思いましたね
我武者羅にサッカーやってきて自分のこととか全く考えてなくて自分たちが強いとか上手いとかそんなの全く思ってもなくて初めて知らされた瞬間でした
上手くなるために上しか見てこなくて上だけ見て毎日必死でしたから自分たちの立ち位置なんで考えたこともなくて
だから強かったんでしょうね
これでいいとか、一生懸命やってるっていう満足感はなかったですから
と言うか一生懸命がわかってなかった気がします
先輩からは叱られ朝6時45分の電車に乗らないと先輩と顔合わせて叱られ、帰りは1時間に2本しかない電車に乗り遅れると家に着くのは22時
先輩と一緒に乗れば空いた座席にも座れず荷物持ち
練習では特待生ではない選手に追われ、先輩や自分より上の選手を越えなきゃしか考えることができなかったですから一生懸命とか考えてる暇もなかった気がします
で、練習で靭帯切って一気に張っていた気持ちが切れてしまいもうサッカーできないんじゃないかとか周りに越されるんだろうなぁと
歩いて学校に行くのがやっとで階段も上がれないから友達の肩借りて、でも部活に出ないとサボりと言われるから毎日グランドの片隅で20kgのバーベルで痛みを堪えトレーニング
当時、県内ナンバー1選手と言われた自分が崩れ落ちる瞬間でした
今思えば今の医療やKOBAトレがあれば復帰できたんだろうなぁと思います
皆さんにもそんな思いをさせたくない
それで今KOBAトレのトレーナーをやっています
夢は掴んでくださいね
hiyoと全力でサポートしますからね
https://www.tigerkaz.info/highschool/senshuken.html